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廣島 武 X 保阪 薫
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2006年10月24日

教育改革議論について感じること

安倍内閣の目玉の一つである教育改革の教育再生会議が動き始めました。
「高い学力」と「規範意識」の実現を目指すそうですが、新聞で論点や参加者の意見を拝見していると、どうにも腑に落ちないというか、不十分な感じが否めません。

確かに先般のいじめ事件にもあるように、学校や先生の教育者としての意識、レベルに大きな問題があるのは確かで、「免許更新制度」や「学校選択性」、「外部機関による評価」といった制度の導入は一定の合理性があると思います。また、競争原理の導入で質の高い学校、教師が生き残り、結果として子供とその親の満足度が高まるということもそのとおりでしょう。


教育をサービスと捉え、「供給者=学校、教師」と「受給者=子供、親」という構図のもと競争原理を導入して教育サービスの質を高めるという図は大変わかりやすいものですが、そうした制度や仕組みが十分機能するには、前提として、親が自分の子供の教育について主体的で明確な意識や目的を持つこと、自分の子供に対し甘えを許さない公平性や中立さを保つことが欠かせないのではないでしょうか?
そうした観点からは、教育再生会議で取り上げられている議論、主張には、「親(というか大人)をどうする?」という視点が決定的に欠けていると思います。


極端な例ですが「給食費を払っているんだから『いただきます』と言う必要がない。」と言い切ってしまうような親がいる限り、どんなに供給側が改革を行っても実が挙がる訳もありません。
また試験結果が悪いのを怒られることを恐れ放火し、家族を殺してしまうような子供を育てた家庭が、本当に子供のためを考えて適切な教育サービスを提供する学校を選択することがあり得るでしょうか?
競争に勝ち抜くために学校が受給者の一方である親を第一優先順位とし、子供が進学者数、合格者数カウントのための道具になったら「美しい日本」など実現するのでしょうか?


サービスの対価を払っている受給者は親ですが、教育サービス本来の受給者は子供でしかないはずです。(この点が教育サービスが他のサービスとは大きく異なり、しかし最も重要なポイントであろうと思います。)
「受給者である子供と親が、どのようにして教育について同一のニーズや認識を共有するか?」
この点についての議論や取り組みが欠けているのが昨今の教育改革議論だと強く感じます。

カテゴリー : 保阪 | 投稿者 : 保阪 薫 | 15:38

2006年10月19日

なぜ会社を設立したのか? Part2

その時に感じた矛盾とは・・・

バブルがはじけ、金融機関や事業会社の株式の持ち合い解消の嵐が吹き荒れた時に、その受け皿として個人投資家に担ってもらおうという証券・金融業界の声が大きくなったわけです。

株式ミニ投資や個別株オプションが出来たのも、なるべく個人資産を銀行など間接金融から、証券などの直接金融にシフトしてもらおうというもくろみもあったと思います。

それは60年代にもあった「銀行よさようなら、証券よこんにちは」というような状況であれば、当時証券マンであった私も歓迎でしたが、 皆さん思い出してください 、金融ビッグバンと呼ばれ、98年の外為法改正にはじまり、証券取引法改正、そして銀行法、保険業法の改正による投資信託の解禁、確定拠出年金の導入、そして持ち株会社の解禁など。銀行、生保など今まで護送船団方式と呼ばれ、元本保証で安全だと思っていたものや、最後まで勤め上げれば必ずもらえると信じていた退職金や年金、そして生きるすべてを会社にささげた終身雇用制度、年功序列が、次々に崩れ去ったことを・・・・

そうした安全、保証という世界から、金融ビッグバンという言葉の影に「自己責任」という言葉が頻繁に出てきたのもこの時なんですね。

よく株式投資は、リスクとリターンといわれ、ハイリスクであれば、ハイリターンを求めるのが当たり前です。


では、どうやってそれがリスクだとわかるのか?


その答えも手段もないまま、金融自由化が進み、個人に対しては「自己責任」を要求するわりに、株式投資をする上での重要な情報を得る機会が個人投資家には全く少なく、プロと呼ばれる機関投資家との格差は圧倒的なものがあると言う矛盾を感じたわけなんです。

機関投資家は、上場会社の経営者に電話一本で直接会って話を聞くことができ、決算説明会にも参加が出来る。しかし、個人投資家は、会って話を聞くことも、決算説明会に出ることも出来ないという現実。そのような 不平等な立場の個人投資家に対し、「自己責任を持って投資しろ」とはナンセンスではありませんか?


個人投資家の情報を得る手段といえば、定量的な情報は新聞や四季報・会社情報のみ、定性的な情報を得るすべは皆無という状況では長期を前提とした自己責任投資なんて出来っこありません。


それであれば情報を得る機会のない中、孤軍奮闘をされている多くの個人投資家の方々の為に、上場会社の経営者に直接会って話を聞くことができる機会を作り、タイムリーに情報を伝達するツールを俺たちの手で創りたい、これをおこなってこそ本当の証券の時代が来る、自己責任による株式投資ができる時代が来るとの思いからインベストメントブリッジを興したのです。




しかし、会社は興したものの会社経営の難しさにすぐ直面しました・・・




起業は誰でも出来ますが、資金繰りの恐ろしさ、事業として軌道にのせる難しさ、そして何よりも志だけでは食えない現実とのギャップが、自分と保阪をどん底に突き落とし、這い上がれないのではないかと思うような生き地獄を見ることとなりました。


次回は設立当初の苦労話を少しだけ皆様にお話したいと思います。そしてそこから我々の志を理解していただいたすばらしき経営者や関係者の方々の話へつなげていきたいと思います。

カテゴリー : 廣島 | 投稿者 : 廣島 武 | 23:07

2006年10月15日

なぜ会社を設立したのか? Part1

サイトリニューアルから一ヶ月が経ち、「そろそろ社長ブログを書けよ」というご批判の声が多くなってきたので書こうと思います。(すみません!決して怠けてる訳ではありませんので・・・)

と、いうわけで、今回から(株)インベストメントブリッジを設立した理由と設立当時の苦労話を皆様方に何回かに分けてお伝えしようと思います。


もともと私は、97年に証券会社としては初めて会社更生法を申請し倒産した三洋証券という準大手の証券会社に13年間勤めておりました。
支店閉鎖などの倒産処理が落着いてきた頃に、私の知り合いから「ジャーディン・フレミング証券と安田生命等芙蓉グループが中心となって証券会社を設立するので参加しないか?」との誘いを受け、日本インベスターズ証券という証券会社の開業に関り、その2年後にそのときの同僚であった保阪と二人でインベストメントブリッジを設立しました。


日本インベスターズ証券という証券会社は投資信託を専門に販売する会社で、当時、多くのファンドマネージャーの方々とお会いする機会があり、その時に感じた矛盾起業のきっかけとなったのです。




その時に感じた矛盾   とは何か?


    それを次回から、皆様にお伝えしたいと思います。

カテゴリー : 廣島 | 投稿者 : 廣島 武 | 15:49

2006年10月10日

「批判すること、されること」

漫画家:手塚治虫氏の話。(長井秀和風ではなく、、)

氏は、1928年に生まれ1946年に漫画家としてデビューし、鉄腕アトム、リボンの騎士、ブラックジャック、火の鳥などを著した日本を代表する漫画家であることは改めて言うまでもありません。自分としては、この他の作品では「アドルフに告ぐ」が好きです。

現在では漫画はアニメという表現様式を伴い、日本を代表するポップカルチャーとして完全に市民権を得た状況となっていますが、氏がデビューしたころは、漫画は「子供向けの低俗なもの」で「教育にもよろしくないもの」というのが通説で、氏の元へもそうした批判の声が多く寄せられたそうです。
これに対して漫画をこよなく愛し、漫画のもつ強いメッセージ伝達力や可能性を信じていた氏は、「なにくそ」という気持ちでそうした批判を跳ね返すだけの作品作りに一層注力し、数々の名作を発表していったそうです。


しかし一方で、漫画界の現状は(といっても亡くなったのが1989年ですから少なくとも十数年前になりますが)、多くの漫画雑誌が発行され多くの作家の作品が世に出るようになり、漫画が世代を問わず日本人の生活に浸透することとなったものの、質、精神性、メッセージ性といった点で、氏にとっては決して満足のいく状況ではなかったようです。


そうした中で日本の漫画が高いクオリティを保ちつつ、もっと多くの人に愛されることを望む氏が贈ったメッセージは、大人達に「もっと批判してください。」ということでした。それも「好き嫌い」にとどまらない真剣な批判を。
先達の築き上げた現状に甘んじることなく、真っ当な批判を真摯に受け止め、その批判を跳ね返すためにより良い作品を作り出す。
漫画に限らず名作とは、真剣な作者と真剣な読者の間の信頼と緊張の中で生まれるということなのでしょう。
企業と投資家の関係にも思いの及ぶ話と感じました。


<今日の一句>

家路にて出迎えの月に足を止め

夜空にあって何気なく目に入っている月ですが、角を曲がったら思わぬ場所に現れた月にびっくりしました。中秋から2日目の「立待月」でした。

中秋の名月翌日の十六夜(いざよい)から立待月、居待月、寝待月、更待月と呼ぶように、月が出るのを「立って待つ」、「居て(座って)待つ」、「寝転がって待つ」、「夜が更けつつ待つ」という日本人の月に対する愛着心、表現力は何物にも代え難い財産です。

カテゴリー : 保阪 | 投稿者 : 保阪 薫 | 16:46 | コメント (0)

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社長プロフィール
代表取締役社長
廣島 武
1963年生まれ。駒沢大学経営学部卒業。1985年三洋証券株式会社入社。日本インベスターズ証券を経て、2000年当社設立。三洋証券時代より、個人投資家への資産運用アドバイス業務に一貫して従事。
代表取締役会長
保阪 薫
1961年生まれ。京都大学法学部卒業。1984年野村證券株式会社入社。シティバンク・プライベートバンク、日本インベスターズ証券などを経て、2000年当社設立。
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