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上場企業IR責任者インタビューvol10
まず、山田社長がSHOEIにかかわった経緯を教えてください。
ちょうど16年前に、昭栄化工(株)(現SHOEI)は資金繰り難に陥り、会社更生法を申請しました。原料を納めていた昭和高分子や明和産業が再建を請け負うのは難しいと考え、明和産業の社長が三菱商事の化学品グループ副社長出身だったため、三菱商事に再建を依頼してきたのです。直接関係のない会社を運営する発想がなく、私だけが再建ビジネスに乗り気でした。
当時、私は化学品グループの部長代行でしたが、過去に研究会などでトヨタ生産方式を習熟しており、三菱商事関連会社の生産改善を手伝ったことがあり、過去の経験から、昭栄化工(株)(現SHOEI)は100億円の売上高があり、コアがそれなりであれば、再生する、将来IPOによるキャピタルゲインを取れるのではないか、と考えました。1992年11月9日、裁判所から、私が更生管財人として正式に認められ、三菱商事から出た初の管財人となりました。
では、管財人となられて、最初に手掛けられた事はどのような事ですか?
最初に手掛けた事は、岩手、茨城、東京の3ヶ所の工場を見て回ることでした。工場を見ると無駄なものが多く、過剰在庫と、無秩序さが目だっていました。昭栄化工(株)(現SHOEI)にはブランドイメージとマーケットシェアがあり、製品自体は売れていたので、あとは作り方、コスト、組織の仕組みを見直せばいいと考え、工場診断を基に、1週間後には人員削減、工場整理などに着手し始めました。当面の運転資金は在庫品を整理して生み出し、「きちっと仕事をすればそれに応じた評価をする」という人事の基本を徹底させ、従業員のモチベーションを高めることにも努めました。

結局、倒産の原因は、放漫経営と公私混同によるところが大きく、ワンマン経営、経費の無駄遣い、過剰設備、過剰人員、過剰在庫、工場の従業員への愛情不足などが見て取れました。私の持論は現場、現物、現実の「三現主義」です。リストラを遂行し、1年3ヵ月後、更生計画が裁判所から認可されると、私は昭栄化工(株)の管財人兼代表取締役社長となり、三菱商事が株主となりました。更生法申立1年後、4.8億円の出資を三菱商事70%、長銀や昭和高分子などが30%出して再スタートをしました。更生計画は、当初計画を前倒し、認可から4年半、当初から5年半と短期間で終了しました。
5年半という短い期間で更生計画を終了し、見事に会社を再建されていますが、その後はどのような路線で事業を進めようと考えられたのですか?
私がSHOEIに来た当初は、事務所も工場も滅茶苦茶でしたが、悪いからこそ良くなる。この会社には光るものがあるので宝の山だと思いました。更生計画をスタートさせた時は、これだけ収益を上げられるとは想像していなかったのですが、現在、当社の売上高総利益率は2008年3月中間期で単独ベース38.8%、連結ベース47.0%、連結営業利益率は27.5%です。競争原理により、他社が脱落し、格差が出てきたのです。市場優位性が確立されてきて安定したビジネスとなったことが大きいと思いますが、更生計画以来、一度も赤字になったことがないのです。為替が80円台になっても黒字が保てる強さを持っています。
競合する韓国メーカーなどがコピー商品を出してくるので、安いものを作るのはやめよう、と考えました。高級化路線に変更した影響により、一度だけ、売上高が下がってしまいましたが、しかしその高級化路線が成功したのです。持っている技術潜在力が顕在化し、良い材料を使って、コストも下げながらシステマティックにやって、在庫を低水準に引き下げました。生産個数は、当時の60数万個に対し、現在、55万個〜56万個と及びませんが、商品を替えた事による値上げの影響もあり、単価は上昇したんです。例えば、為替はヨーロッパ中心で、輸出は円ベース。積み出し価格(FOB)は当時の1万1000円から現在2万円に上昇しています。
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