「多品種少量生産」を大きな特長・武器の一つとするHTKの「モノづくり」についての考え方、概要の理解を深めるために同社の主力生産拠点である「安曇野工場」を訪問し、佐谷社長にお話を伺い、工場を見学した。
(1)モノづくりの概観
ポイント① 通信、FA分野における「多品種少量生産」

売上の約4割を占める通信分野、FA分野において生産している部品品目数は月間約4,000品目。うち生産量1万個以上の部品の割合は1割にも満たず、大多数の部品は生産量1万個未満である。
さらにそのうち8割(全体の7割)の部品は月産1,000個前後と、文字通り「多品種少量生産」が同社の特長である。
一タイプ(型式)のコネクタの平均使用期間(その型式が使われている期間)は民生用で平均5年程度に対し、産業用は平均30年と格段に長い。
同社はこうした長期間に亘る顧客ニーズにしっかりと対応することがHTKの社会的な責任・存在意義、差別化要因であると考えている。
ポイント② 地産地消を基本にグローバル製造を再編中
祖業である通信分野、FA分野が売上の中心であった時代の製造拠点は安曇野工場(2015年に松本工場から名称変更)のみであったが、車載分野の成長に合わせ深圳工場のウェイトが高まり、それぞれ以下のような特長を有している。

安曇野工場はコンパクトで効率的な生産体制に磨きをかけ、国内の顧客にとってなくてはならない「多品種少量生産」基地とする。
2001年10月に開設した深圳工場は車載分野のメイン工場。現在ベトナム工場の開設を進めており、地産地消を基本としたグローバル製造体制を再編中である。
ポイント③ 外部パートナーとの緊密な協力関係
製品完成には、大きく分けて「部品加工」と「組立」の2つのプロセスがあるが、安曇野工場における内製率は部品加工で50%、組立で20%となっている。
生産体制の垂直統合が可能な車載分野における中・大量生産に対し、多品種少量生産において効率性を追求するには水平展開が不可欠であるが、この水平展開を可能にしているのがメッキ加工業者を始めとした外部パートナーとの緊密な協力関係である。
同社では、全てのステークホルダーとの共生を志向しており、これら外部パートナーとの信頼関係の深化・強化を最も重要な取り組みの一つと考えている。
(2)PLAN80以来の取り組み
平成に入りバブル崩壊の影響を受けたものの、PCや携帯電話の普及を受け業績を回復させた同社は2001年3月期には過去最高の売上高236億円を記録した。
しかしその直後にITバブル崩壊の直撃を受け2度のリストラを余儀なくされ、その後もリーマンショックにより売上高はピークの半分まで激減した。
そうした中2008年度に松下電工(現 パナソニック)と資本業務提携契約を締結。2010年4月には佐谷紳一郎氏が社長に就任し、中期経営計画「Plan 80」を策定。新しい時代に入って生産現場でも様々な取り組みを進めている。
①多品種少量生産を強みへ
佐谷社長が松下電工在籍時、同社とかかわるようになり訪れたころの安曇野工場は、歴史はあるものの特長が少なく、業績が低迷していたこともあり今後のビジョンもない活気に乏しい現場であったという。
また、規模の割には人員が多く、在庫回転率が平均を下回っている現状についての認識も、「多品種少量生産を行っているので仕方がない」と、多品種少量をエクスキューズにしているものであった。
しかし、通信、FAという産業用コネクタを手掛けている限り「多品種少量生産」から逃れることはできないと考えた佐谷社長は、2011年より「多品種少量」を弱みから強みに転換させることに着手した。
具体的には、以下の3つの取り組みを「コンビニ3兄弟」と命名して、コンビニエンスストアのような利便性と効率性を追求していった。

こうした取り組みの結果、顧客から発注を受けたら1週間以内での製品配送を確約する「1weekデリバリーサービス」を実現させた。
加えて物流の整流化・簡素化・効率化を目的にシステム化を進めた安曇野物流ハブの完成により現在の取扱品目数は約1,000品目に拡大しており、弱みであった「多品種少量」は強みに生まれ変わった。
②組立方式と役割分担の最適化
組立工程においては数量の多寡に応じて図のように、「手組」、「ロボットセル」、「自動ライン」の3つの方式を取り入れている。
ロボットの小型化、低価格化が進むに伴い、ロボットを活用できる場面が広がっている。
また画像認識センサとAIを検査工程に導入するなど、歩留まりの更なる引き上げなど効率化を追求している。
③グローバル製造再編
地産地消を基本に日本への回帰とベトナムへの展開を進めている。
2001年から2010年にかけローコストオペレーションを目的に安曇野工場から深圳工場における来料加工型(※)の中国生産への移管を進めてきたが、中国の人件費上昇に伴い、日本国内販売品の国内への移管を推進している。
また、車載カメラ用コネクタの生産量が今後も大幅に拡大すると見込んでいることから、重要なマーケットであるタイへの安定供給およびリスク分散を図るためベトナムに協力企業による新たな生産拠点を設け深圳工場からの委託組立を推進する。(ベトナム生産拠点についての詳細は後日発表予定である。)
※来料加工
中国企業が外国企業との委託加工契約に基づき、外国企業より 無償で原材料の提供を受け、加工・生産し、完成品を委託元である 外国企業に全量輸出する取引形態。
④開発・製造体制の改編
これまで業務用コネクタ事業部は、設計部門:大崎本社(東京)、製造部門:安曇野工場と分かれていたが、今期より安曇野に集約し、一体活動を開始した。
より緊密なコミュニケーションが生まれたことによる両部門からの積極的な知恵の出し合いなどを通じて、少量短納期サービスの拡充、カスタム商品のスピード開発、製造(後工程)を意識した商品設計、部品・材料・製造方法の見直しなど、サービス拡充、品質向上、合理化など機動力を向上させ顧客価値を高めていく。
⑤少量部品製造への取り組み
弱みであった「多品種少量」を強みに生まれ変わらせた同社だが、更なる効率的な少量部品製造体制追求に向けた熱意・工夫はとどまるところを知らない。
金型を用いた成型工程においては金型交換の工数と金型製作コストに着目した。
一般的に金型による成型工程においては「金型の設置」、「準備(金型の加熱)」、「次の部品用金型への取り換え」、「使用した金型のメンテナンス(ゴミ取り)」といった一連の作業・工数(段取り)が必要だが、1,000個生産する場合でも、1万個生産する場合でも必要な段取り時間は同一で、少量生産においては取り換えの頻度が増えるため、段取りの効率化が生産性向上のための大きなカギとなる。
そこで同社では、従来のA4サイズの金型よりも小型・軽量な手のひらサイズのカセット金型を開発した。
殆ど全ての段取り工数において時間短縮が可能となり、一般的には半日かかる交換を、約60分で行うことができるようになり、一日に生産可能な品種数は1日1品種から2~3品種に大幅に拡大した。
また金型製造に際し金属用3Dプリンターを段階的に導入しており、金型製作コストの削減を実現している。
また前述のように、検査工程においてはIoT、AIを導入し目視から自動判定への切り替え、検査結果のデータベース化を進めている。
時間及び工数削減とともに、データの有効活用による機械学習の進展を通じたより正確な検査の実現を目指している。
⑥サプライチェーン全体視点
持続的成長を目指す上で外部パートナーとの緊密な協力関係が欠かすことのできない同社では、サプライチェーン全体を視野に入れた取引の適正化と整流化に取り組んでいる。
*適正化
サプライチェーン全体で付加価値を適正分配し、WIN-WIN関係の構築を目指している。
川上(取引先)に対しては人件費の上昇等を加味した仕入価格の改定に応じるとともに、支払条件の短縮化も進めており、現在平均60日のサイトを将来的には0日(現金)とすることを目指している。
一方、川下(顧客)に対してもコストに応じた価格改定や回収条件の短縮化を働きかけており、順次了解を得ることができている。
*整流化
モノ・カネ・情報の流れにおけるムリ・ムダ・ムラを排除する。

整流化において同社が最も注力している点が、「当社流」の削減だ。
取引先、同社、顧客とも長年の事業活動の中で、伝票の仕様、受発注方法、出荷・受入方法など様々な場面で自社独自の業務プロセスや様式が出来上がっている。
しかし、仕入先であれ、顧客であれ取引相手は「当社流」への対応による無駄やムラ、場合によっては無理を強いられているケースも多い。
そうした現状に対し、共通伝票やインターネットの使用などによって多くのムリ・ムダ・ムラを削減すればお互いに多くのメリットを享受できると同社では考えており、様々な機会をとらえて顧客、仕入先双方に働きかけている。
⑦長期保証のビジネス化
同社では最大の強みである多品種少量生産に更に磨きをかけて業務用コネクタに高い付加価値を与えることで、競争優位性をより強固なものとすることができると考えており、前期よりその確立に注力しているのが「長期供給保証のサービス化」である。
コネクタを含む電子部品業界では、メーカーはある程度の期間が経ったら供給側の事情で生産を中止(廃版)する事が良く見られる。
同社でも、以前、業績回復のための構造改革の一環として、製品の絞り込みを進め、売上で10億円相当の品目の生産を中止したことがあったが、顧客のことを考えれば止めるべきでなかった品目も含まれており、その後顧客に多大な迷惑をかけてしまったという反省があった。
そこで、全てのステークホルダーとの信頼関係構築を通じた「良い会社」を目指す同社では、供給者として責任を持って製品を供給し、顧客に迷惑をかけないことは最も重要な取り組みの一つであり、それは自社の独自性を発揮し、競争力の強化にもつながるものであると考え、月産1万個未満の部品について最低10年の長期供給を保証する「長期供給契約」の提案を始めている。
様々な創意工夫についての相当の価値を織り込んだ「fair value」による部品の販売に加え、設備や原材料の健康診断を行う年次レポートの提供も行い保守料も受領するビジネスモデルである。
これにより顧客側は、代替品の検討や設計変更が不要になるほか、在庫の廃棄損や管理コストを抑制することができる。
日を追うに連れ、コストよりも安定して部品を調達できる安心感に価値を認め、賛同する顧客も増えているが、より幅広く真の理解を得るためには、部材の安定調達・極少量生産・適切な設備メンテナンス等の技術的な裏付けを確立し明示することが重要であるため、現在注力中である。
まだ途上ではあるが大きな手応えを感じており、同社オリジナルのビジネスモデルとして一日も早い完成を目指し、ビジネスモデル特許取得も検討している。
(3)安曇野工場概要
来年開設60周年を迎える安曇野工場は、北アルプスを間近に望む自然豊かな長野県安曇野市に位置し、同社グループ社員と構内パートナー含め約250名が在籍している。

1986年に隣接地に新棟を建設し開設以来使用していた旧棟を解体。旧棟跡地に「安曇野厚生棟」を建設中である。
「混じる、学ぶ、伸びる安曇野キャンパス」をコンセプトとし2019年9月オープン予定の安曇野厚生棟は、カフェテリアおよび独身若手社員向けのシェアハウスから成り、カフェテリアのイメージ造りやそれに基づいた壁、床、テーブル選びなどの詳細については若手社員が意見を交わしながら進めており、働きやすい環境作りに全社挙げて取り組んでいる。
また同社では安曇野を社会貢献の本拠地と位置付け、下記のような様々な活動を展開している。

2013年から始めた「緑化活動」は同社社員の自発的な活動で、自然が豊かな安曇野にありながらあまりに殺風景であった安曇野工場を手作りで緑豊かな景観に作り替えた。
また同じく2013年から開催している「HTKまつり」は、近隣住民が毎年大変楽しみにしているお祭りで、普段多くのトラックの走行などで負担もかけている地域社会への感謝の意を込めたものである。
2012年からはサッカーJリーグ 松本山雅FCスポンサーとなっている。「本多通信工業デー」における花火の打ち上げは、松本の名物となっており、スポンサーであるとともにサポーターの一員としてJリーグが掲げる「地域社会と一体となったクラブづくり」に取り組んでいる。
2014年からは「信州安曇野ハーフマラソン」のスポンサーとなっている。選手やボランティアとして約100名が参加しており、こちらでも地域振興に貢献している。
(4)佐谷社長の考えるHTKのモノづくりとその意味
佐谷社長は前期より安曇野工場での時間を増やしているが、その意図を以下のように話している。
ものづくりは、地道な努力が必要だが、日々進化が可能で、その成果が目で見える分野であり、私自身は技術者ではないが大好きな世界だ。
加えてメーカーとしての当社の生命線が生産現場にあることは自明であり、個別面談やグループでの懇親会などを通じて社員の意見を吸い上げ、工場スタッフのモチベーション向上を図るためもあり、安曇野工場での時間を増やしている。
工場で日々工夫を凝らして生産性の向上や効率化にチャレンジしている彼らの真摯な姿には頭が下がる。
また、「頑張ってるな」、「良くできたな」、と声をかけた際の嬉しそうな笑顔は何とも言えず、これも安曇野に足を向ける回数が増えている理由の一つだ。
「多品種少量生産」を強みとする当社にとって外部パートナーとの緊密な協力関係は不可欠なもの。そのためには自社のみの視点ではなくサプライチェーン全体を俯瞰して全体最適の視点を持つことは持続的な成長を遂げるために極めて重要だ。
また、メーカーとしての当社の生命線が生産現場にあることもしっかりと理解していなければならない。
ただ、言葉で言っても本社にいるだけではわからない部分も多く、そうした視点を全社的に身に付けてもらうため安曇野への転勤を進めているが、異動させただけでは簡単には行動が変わらないので、私自身が毎日、工場を巡回し、東京から転勤してきた社員に背中を見せるようにしている
勤務体系、福利厚生制度など詰めるべき点は多いが、当社の中心機能自体を順次東京から安曇野に移していくことも検討している。